口では言えない感情

今、心臓移植を待っている方で、

このブログを読んで下さっている方に質問です。

心臓移植すっごく怖くて不安なんですけど、皆さんどうですか?

いま、どんな気持ちですか?いま、どういう思いでいればいいですか?

この病気の発症経緯、程度、いろいろあると思うんです。

自分の場合は、突然発症、原因不明、重症、ICD、移植登録、バド装着、退院までがほぼ半年で過ぎ去っていきました。

元からの体力と、その期間の短さのおかげで、立ち直りが早く、運もあり奇跡的に新規就職、フルタイムで普通に高校教員として勤務し始めました。

はたから見ると、「普通の健康体。調子がいい。元気そう。」

でも、それって偽の姿のような気がするんです。機械で生きているかりそめの姿。

数年前であれば、自分は今の生活にはいないと思うんです。

10年前であれば、ずっと病院だっただろうし、命も消えていたかもと思うんです。

医療の進歩の恩恵を受けていることは、十分に分かっているつもりです。

それでも、生きているというより、生かされているだけだと思う時がよくあります。

人間の順応力ってすごいな….  っと思うことがあります。

体からケーブルが出るとか、カバンを24時間ぶら下げるとか、薬漬けの生活とか、

恐ろしくて想像もできなかったことが、今では普通です。何も考えず、それが当たり前です。心臓移植とか脳とか血とか、当たり前に会話に出てきます。

生きないといけない状況、条件になったとき、ある一定ラインを越えれば人間はそこに合わせて生活できるのでしょうか。すごくもあり、恐ろしくもあります。

バドをつけてからの状況も人それぞれだと思います。

感染症、合併症と闘っていらっしゃる方、誰もが当事者となりえる、とてつもなくリスクの高い生活の中で日々覚悟と、また恐怖と共に、暮らしていると思います。早急に移植が必要な方もいらっしゃいます。

今、たとえ偽のかりそめの姿だとしても、私の場合は充実した生活をさせてもらっている。一丁前に将来のこととか目標とか考えたりもしています。「今のお前は十分幸せだ、感謝しろ。」その通りだと思います。

この補助人工心臓は永久ではありません。いろんなリスクがあります。

でも、この先、数年後、心臓移植のことを考えると、すごく不安で怖いです。

ドナーとなられる方のことを思うと、いろんな感情が湧きあがります。

一番は私自身が中途半端な思いでいたくはないということ。

でも、いろんなことが頭でぐるぐると。やはり1人でいるとこういうことを考えてしまいます。だから、いろんなことを自分に課して忙しくしていたい。

普段、口では誰にも言えない感情を記します。

なんで簡単に何も考えずに、我々は生かしてもらえないんでしょうか。

当たり前に、時には無茶もして、酒を飲み、将来を語り、朝まで夢を語り、終わりのない愚痴も言いながら、生かしてもらえないんでしょうか。

いつも何かにビクビクして、怯え、なぜ自分が生きているのか、そしてこれからも生きていいのか、果たして自分は今の自分のように生きたかった他人様の体から臓器を頂き、命を繋げてもいい人間なのか。

そして、なんで我々はそんな重すぎて受け止めきれないことを自問自答しないといけないんでしょうか。

なんでもっと簡単にシンプルにボーっと生きることができないんでしょうか。

なんで当たり前に生きるために、我慢して、怯えて、悩んで、葛藤しないといけないんでしょうか?

もう一生、心からの安息と、安心と、安全を感じる瞬間はないのでしょうか。じゃあ、一体、私は何のために生きているんでしょうか。

自由に生きたい…。

はぁ、自分1人では抱えきれない思いが溢れ出てしまいました。失礼致しました。

私、たまにこういうのありますよね。重たいですよね。すいません。

基本、ヘラヘラしていますが、どうやら闇は深いようです。笑

とりとめのない文章になってしまいましたが、皆さんの心境、心がけていること、心の準備の方法など教えて頂けると幸いです。

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っと重いことを言いつつも、今日はクラブの子たちと花見をして楽しかったです。

いつも元気と活力をくれるこの子たちは、私にとって桜以上に美しく眩しい存在です。ありがとう。

COMMENTS & TRACKBACKS

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  1. 何のために生きるのか?
    難しいことはわからないけど、
    親より先に死んではいけないのです。
    順番は絶対に守らないといけないんです。
    お姉さんと、お父さん.お母さんをお浄土へ還した後でないと・・・・
    ご両親に対する感謝の気持ちは、今までのブログで伝わってきました。
    ご両親の愛情に対して、お返しできるものがあるとすれば、生きること。
    それだけでも、親孝行なんすよ。
    私はそう思います。
    ずっと応援してます。

  2. DKさん
    こんにちは!
    いつもブログ拝見しております。
    私は、健康です。
    健康なので、生きているというあたりまえの実感もありません。そんな私ですが、生きているのではなく、生かさせていただいている人間の一人なのかなということです。
    この地球上のあらゆる生物のなかで、人として生まれる
    ことは、有難いことです。
    有難いというのは、有ることが、難しいという意味だそうです。自分の意思で人間に生まれてきたわけではないので、
    生かさせていただいているのですかね。
    DKさんの心臓は機械で動いている、私の心臓は、自分の意
    思とは関係なく動いているの違いはありますが、どちらも
    生かさせていただいているのに、変わりないのでは
    ないのではないでしょうか、、
    生かさせていただいている命、お互い大事に使わせて、
    いただきましょうね。
    偉そうなこと、書きましたが、おばさんの独り言でした。

  3. シャバーニさん
    私のただひとつの願いを代弁して下さって、ありがとうございました。コメント読んだ瞬間に涙が溢れました…。コメント入れようかちょっと悩みましたが、素直にお礼申し上げます。

  4. シャバーニさん
    ありがとうございます。過ぎ去る日々の中で、どうしても大切なことを忘れそうになってしまうことがあります…。その中で葛藤も生まれてきますが、一番大切なこと、自分ができること「生きること」は忘れないようにしないといけませんね。
    ありがとうございます。心に深く響きました。

  5. namuさん
    ありがとうございます。「生かされている」そのように考えると、今ある命、無駄にできませんね。自分のためばかりに生きていると思うと苦しくなる時がありますが、頂いた命だと思うことで大切にできそうな気がします。
    気づきをありがとうございます。

  6. 帰宅してすぐ着替えもせずに倒れこんで爆睡したりしたいですよね。
    なんてことない堕落したひと時にいちいち制限がかかるのってすごいストレスです。
    湯船禁止、旅行禁止、運転禁止、生涯飲酒喫煙禁止、女性は妊娠も出産も禁止。一人になってはいけない。
    こんな程度の制限で生きていられるなら大したことないことなのか、自分の意志で治療を投げ出すこともできないのに、生きてるだけありがたいといつでも思わなければいけないのか、たまに悪態をつきたくなります。
    いつ終わりがくるのか終わりを願ってもいいのか分からない日々の辛さよく分かります。
    移植が終わっても自分じゃないものに生かされてる気持ちは一生ついてくるものですよね。たくさんの人に大事にされてきたであろう一つの命をいただいて自分のためだけに生きてる罪悪感、本来感じなくてもいいものなのに。
    口に出せなくてもこうしてアウトプットしていきましょう。溜めこむのは辛いことです。
    勝手ですが自分だけが持つ感情ではないんだなと少し楽になりました。ありがとうございますm(__)m

  7. Mさん
    たまに悪態をつきたくなる。その言葉本当に身にしみるほどわかります。
    Mさんにそうおっしゃって頂けて、私はあの記事を書いたことに対して、自分なりに納得できました。みんな持っている感情だったんだと知れただけで、何か安心感を感じます。
    こちらこそありがとうございます。

  8. ספר יהושע

    はじめましてこんにちは、ספר יהושע(ヨシュアキ)と申します。
    私は昨年9月にVAD/HM2を装着しました。
    たまたま境遇が似ていることからブログを拝見させていただいています。
    我ながら大変不幸であると感じるとともに、不覚にも恵まれたとも思っております。
    それは、普通?では体験できなかった事を済崩し的でも体験できた事が
    たくさんあったと思っているからです。
    現在も社会復帰が出来ていないので、この先不安が大きいのですが、
    救急にいた頃やICU、CVCUにいた頃を思うと現在の自分の苦悩、鬱憤、嘆きがちっぽけに感じます。
    あの時は声帯が…とか、摂水制限が…、尿量が…もろもろ本当に悩む暇もなかったのかなとも思いますが、
    実際はそうじゃなくて生きるのに必至だったのではないかと、今は思っております。
    苦悩や鬱憤に気がつくようになったら、あとは、それらと上手く付き合ってみようと思うようになりました。
    悩んで普通、不満があって普通、他人に気を使うことも普通、他人と違って普通だったら、それらを包括して人生を過ごせば良いと思っています。

  9. こんにちは。お返事が遅くなりすいません。
    メッセージありがとうございます。はい、確かにその通りですね。あの頃と比べたら今の悩みはそれこそ贅沢な悩みだと思います。
    うまく付き合う、なるほどですね。どのようにうまくやっていくかがこれからの待機生活の大切なところなのかもしれません。メッセージありがとうございます。心に響きました。

  10. こんばんは。お久しぶりです。
    以前色々と家族の事でメールさせていただきとてもはげまされました。
    久々にブログを拝見させていただき、すごく心が疲れているのかなと感じました。
    私は大病を患ったことはありませんが、大分前ですが、私はなぜ生きているのかとある方に質問した事があります。
    その時に、人間は生まれた以上死に向かい時間が流れるんだ、どうせ死ぬなら笑顔でいなさいと言われたことがあります。
    一日、一日の時を大切に生きましょうよ。
    打つ手は無限です。誰かのために生きるのではなく自分自身のために今ある幸せを存分に生きましょう。
    どう伝えたらよいか、長々とすみません。
    でも、悲しいときもあれば楽しいときもある!それが人としての素直な感情だと思います。 今ある時間を思う存分お互い楽しみましょう~~。

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